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ブータン日記
 
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ブータン・メンカン便り-17 11月29日  (※ 「メンカン」はブータンの言葉で「病院」)

ブータン始めてブータンに足を踏み入れたのが98年の夏。それから今日に至る短い間に関らずヒマラヤの小国が近代化を受け入れ変わりゆく姿を目にしてきた。土壁の素朴な平屋が次々とティンプーの町並から姿を消し、変わりにコンクリート建てのビルが所狭しと軒を連ねた。路上を行き交う車の増加率は年間20%増、登録台数では首都ティンプーにおいて大人1人1台ずつが車を所持している計算になるという。家々の食卓ではテレビ、DVDといった娯楽用家電製品の普及に伴い円卓で会話を交わす風景が少なくなっている。加えて国民の英語識字率の高さもメディア、インターネットを通した海外の情報吸収に拍車をかけている。一方、ブータン政府では政策として近代化を支持すると共にこの変化のスピードに対応すべく伝統文化の保護にも勤しむ。ブータンの伝統医学もまた織物や工芸、舞踊とともに王立政府に保護されながら運営されている。いまこの国の行く末の中で「変わりつつあるものと、変わらないもの」双方が織りなすバランスからひと時も目が離せない。

今回は伝統病院で行われる治療法のひとつ、四部医典の論説タントラ第20章にも「5つの外科療法のなかで最も優れた療法」と評される瀉血療法を紹介する。この療法はヨーロッパを含め世界中の医学史に登場する最も原始的な外科的療法で皮膚の各所に小さな傷をつけ余分な血液を体外に出す。日本にも伝わる瀉血療法は刺絡療法と呼ばれ古代中国で高度に発展した鍼灸術のひとつだ。歴史ある優れた治療ではあるが微量の血液を体外に出すため医師法との兼ね合いでたびたび物議をかもし出している。そのため残念ながら日本では陽のあたらない隠れた治療法である。近年ではこの療法に注目し治療にあたる医師の間からその高い治療効果が評価されはじめている。ここで私たちが日本で見ることのできる刺絡療法とブータンで行われている瀉血療法とを比較してみよう。まずは皮膚表面に傷をつくるために使用される器具。日本ではスプリング式三陵鍼といった器具や、太目の治療鍼(0.24mm)時には注射針の鋭い針先をもちい少ない痛みで小さな傷口をつくる工夫がなされている。一方ブータンの瀉血療法では数種類の小さなナイフと呼べるような器具(写真)が用いられる。傷口の大きさが違う分、出血の様子も異なる。日本の刺絡療法によるものでは小さな傷跡から血がにじみ出てくるのに対してブータンの瀉血では血がダラーッと噴出すという例えがふさわしい。日本の瀉血療法には随分見慣れていた私でも初めてこの療法を目にしたときにはショックが隠せなかった。適応疾患を比べると日本では肩こりや腰痛、花粉症、アレルギーといった身近な治療法として用いられているのに対しブータンでは熱性の疾患やうっ血部位など、やや最後の手段といった感じに施されているようだ。現に、より頻繁に施されている金鍼療法と比べると治療件数も極端に少ない。ブータン医学のルーツ古代のチベットでは現在のように医療施設が身近ではなく、今のように気軽に医療を施される環境ではなかったに違いない。この瀉血療法も当然緊急時の対処方であったのではないかと考えられる。ちなみに瀉血療法を施す1週間前には必ず特定の薬が処方され、この薬によって良い血と悪い血が分離され瀉血時には悪い血が傷口から排除され易くなると言う。日本で行われる刺絡療法の前にも事前に同じような処置を鍼で行っている。その辺は共有できる理解の範疇だ。

去る8月、日本から鍼灸の先生方を招き実施した刺絡療法の実演会。参加したブータン伝統医学関係者達は初めて目にする自分たちのものとは異なる瀉血療法技術に目を見張っていた。彼ら自身も生活様式の変化によって新しい病状を訴える患者に対する新たな対処法を模索しているのだ。しかし皆が新しい治療法に興味を示す中で年配の伝統医師から「我々の治療法とは考え方が違い異なる治療法だ」と自分たちの伝統的瀉血療法を主張する声もあった。ここでも「変わりつつあるものと、変わらないもの」との間で葛藤する人々の苦悩が垣間みられた。

(参考)小川康訳「四部医典」第21章

高田忠典
 
 
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